残暑お見舞い申し上げます

今年も暑い夏となりましたが、みなさまお元気でお過ごしでしょうか。
お盆前からは雨が続き、注意が必要となっています。
みなさまのお住まいの地域はいかがでしょうか。
被害がでないことをただただ、祈るばかりです。

さて、お寺では7月中旬からお盆のお参りが始まりました。
酷暑のなかでしたが幸い雨にも降られず、体調を崩す者もなく無事に終えることができました。
そして、今日14日には遠方檀家さんの盆供養をいたしました。
特に遠方のみなさまは帰省もままならず、不安な毎日をお過ごしのことと思います。お寺で懇ろにご供養いたしましたので、どうぞご安心ください。

8月18日夕刻7時からは施餓鬼法要が執り行われます。
今年も昨年同様、準備の手伝い方の人数を最小限にしたり、参拝者が密にならないよう気をつけながらも、法要自体は変わらずしっかりとお勤めさせていただきます。

みなさま、引き続きご自愛くださいませ。

8月14日、お知らせしました時刻に会館にてお勤めいたしました。離れていても心を同じくし、無事にご先祖供養ができましたこと大変嬉しく思います。(孝楓住職さんより)


いつも元気な孝楓さんですが、酷暑のなかみなさんにお会いできることだけを励みにがんばりました。



昨年に続き小僧さんも二日間だけ同行させてもらいました。
朝は緊張の面持ちで出発した光胤(こういん)さん、戻った時にはちょっとだけお利口さんになっていました。仏様と檀家さんのおかげです。

8月6日、広島の原爆犠牲者の霊を慰める鐘を76回つきました。8月9日、長崎の原爆犠牲者の霊を慰める鐘を76回つきました。



慶光山 西福寺


久米郡美咲町休石(くめぐんみさきちょうやすみいし)の山の上に、 西福寺(さいふくじ)というお寺があります。

先々代住職の孝円さんの代から國分寺の住職さんが兼務しているお寺です。
今は孝照名誉住職さんが、住職を務めています。

創建は1500年代と考えられていますが、ご本尊様をめぐって真言宗のお寺と奪い合いがあり、この山の上から下へとご本尊様が動かされたこともあるとか…。
それほど魅力的なご本尊様だったようです。


このお寺のご本尊様は阿弥陀様。
とてもオリエンタルなきれいなお顔立ちです。

今はたくさんの紫陽花が綺麗に咲いています。
時季には桜や紫陽花が楽しめ、山の上にあるので広く青い空に、鳥の声が響き渡るのどかな良い場所です。
昔は細い山道を登ってお参りしていましたが、今ではありがたいことにお寺の門前まで大型バスが入るように整備されています。
ぜひ一度お参りしてください。

   

六月始まりました

梅雨の中休みだった昨日、境内の梅の実を採りました。
昭和45年4月の前住職さんの結婚式の日にも満開の白い花を咲かせ、その様子を見守っていたこの梅の木は、その随分前から境内にあったそうです。
大きく立派な実を今年も沢山つけました。





今、境内はサツキの花でいっぱい。珍しく華やかな景色となっています。



以前もお話しましたが、本堂脇には幕末から僧侶達が飲んでいたお茶の木がわずかな株で残っています。
今年は摘みそびれ、一昨日ようやく摘んでみたところ、大きくなりすぎた葉はうまくよれませんでした。
やはり八十八夜にちゃんと摘まないといけないものなのですね。





裏の畑で育てた紫陽花です。
20年ほど前に西福寺(孝楓さんが住むお寺)の檀家さんから株分けしてもらったものです。今では大きな株になり、雨に濡れ元気に咲く姿に、在りし日のこの方を重ねます。
西福寺のお寺の周りに花をたくさん育て、紫陽花や桜でいっぱいにしてくださったそうです。


孝楓さんが今日お参りに伺ったお宅でいただいたお茶。
お茶菓子はなんともかわいいアマビエさま!
この場でみなさんにもお届けしたいと、お断りして写真を撮らせてもらったそうです。
一日も早い平穏な日々を願う気持ちはみな同じ、そしてこんなにかわいいお茶タイム、思わず笑顔になりますね。

いつもと違って

中国地方は早くも梅雨入りしました。
例年よりも二十日以上早いようですが、終わる時期は同じぐらいになるそうなので、長く梅雨空が続くようです。

相変わらずお寺での行事も縮小、中止が続いています。
先日には岡山県にも緊急事態宣言が発令され、みなさんともなかなかお会いすることが難しい状況となっています。

さて、五月上旬は爽やかな天気が続き、境内の雑草も勢い良くぐんぐん伸びてきました。
これも例年のことですが、この時期は専ら境内の草取りやお寺の周囲の雑草刈払いが我々の主な仕事となります。
気分的には晴耕雨読の日々なので、雨が降るとホッとする一方、その後の雑草の成長を考えると、ゾッとします。

雨上がりの良く晴れたこの日も外へ出て、草と格闘しました。
しかし外仕事をすることが当たり前のように思えない未熟な私達は、すぐに何かご褒美的な楽しいことを探します。
というわけで、この日のお昼ご飯は外で食べることにしました。
中に入って食べる際にはどろどろの服を脱いだり(ここでひと悶着起こる→ムスメがチチを怒る!)、時間がひどく遅くなったり(お腹が空きすぎて機嫌が悪くなる者続出)、など問題がいろいろありますが、見慣れた景色でも外を眺めながらのお昼ご飯はちょっとした気分転換になって楽しかったです。
とは言え、お寺の玄関、格好悪い?お客様が来られたらどうしよう?…とドキドキしましたが(笑)

みなさんも「いつもと同じ」を少し変えてみてはいかがでしょうか。

場所を変えてみる、雰囲気を変えてみる、方法を変えてみる、手順を変えてみる。

ほんの少しの変化でもとても楽しく大きく気分が変わるかもしれません。
些細なことで見える景色が違ってくるかもしれません。

『何事にもとらわれず、変化を受け入れること』
以前とは変わってしまった我々の生活においても、必要とされていることです。

般若心経に度々でてくる「空」という言葉、この解釈は様々ですが、ひとつの物事に執着したりひとつの価値観に縛られる必要はないのだと、そんな風に考えることもできるのかなぁ、などと思ったのでした。

“近くて便利”なコンビニがあってほんと助かります。

お客様が来られたら恥ずかしい・・・
でも誰も来てはくれませんでした。ご時世でしょうか。

自然のチカラ、完璧にはきれいになりませんが、青く澄み渡る空の様に気持ちはスッキリしました。

前回のブログでお話したウコン桜、4/20撮影のものです。遅ればせながらお届けします。

 

 

津山郷土博物館

昨日、津山郷土博物館で開催中の冬季企画展「津山藩の武具」に行ってきました。

刀や鎧が展示してあり、津山藩士黒田家伝来の甲冑や、それそれは大きな熊毛槍など、迫力ある貴重な品を間近で見ることができました。
歴史好き…というわけではない私でしたが、ついつい時間を忘れてひとつひとつに見入ってしまいました。

この博物館には美作國分寺から発掘された瓦も常設展示してあります。
他にも美作國分寺由来の陶棺などは、弥生の里文化財センターに展示してあります。
郷土博物館には美作地方の大きな珍しい形の陶棺が展示してありました。
解説によると、陶棺は全国で発掘されたものの7割が岡山県内で出土したものであり、とりわけ美作地方に集中しているそうです。

地元に居ながら初めて訪れた郷土博物館。
郷土の壮大な歴史に触れ、この地域がいろいろな面で大変豊かであったことがわかりました。
そして、改めて美作国府、美作国分寺、そして美作の国の歴史や壮大さを感じることができました。

みなさまも一度足を運んでみたらいかがでしょうか。
これからの季節は、すぐ後ろにそびえる立派な津山城跡の石垣と見事な桜の共演も楽しめますよ。

国分寺の前身である美作国分寺は、天平13年(741年)聖武天皇によって仏教の力で社会を鎮め、国の安定を図るために国ごとに造ることを命じられました。
当時、都では政治が乱れ、全国的に飢饉や疫病が流行するなど不安定な状態が続いており、国分寺の建立はそれらの救いの意味でも国家の一大プロジェクトだったのです。

本日18時過ぎ、東北地方でまた大きな地震が発生しました。
津波注意報も発令されています。
地震があった地域のみなさまのご無事をお祈りします。

1300年近くも前、今と同じように世が混乱していたのかと思うと、国分寺の果たすべき役割をまた改めて強く感じます。

 

津山郷土博物館

http://www.tsu-haku.jp/

弥生の里文化財センター

http://www.tsuyamakan.jp/tour/detail/?pk=63

 

これからのお供養は

新型コロナウイルス感染症の変異株が登場し、日本でも数例の発症がみられています。
そして先週末には、30年続いた大学入試センター試験が大学入学共通テストというものに代わり、行われました。
いずれもそれ自体の意味合いは変わりませんが、内容は大きく変わり、我々を戸惑わせています。

一方、奇しくも形を変えなければならなかったけれど、やってみると案外それもよかったということもありました。

お寺ではお正月、玄関でお参りの皆さまをお迎えする正月花。
例年、暮れに檀家の方がご自宅の大王松を剪定し、その一部をお寺へ届けてくださっていました。
それを使わせていただいて、華やかな迎え花を制作していましたが、今年のお正月は自粛して準備を進めようと話していたところ、大王松も届きませんでした。
きっと同じように考えられてのことと思います。
最初は何も飾らないでおくことになりましたが、それでも新しい年を迎えるにあたり何かお飾り的なものをと考え、オブジェを作ってみることにしました。
最近このような渋い感じのものが、おしゃれで目を惹きます。
見よう見まねで、以前使って残しておいた花材や、雪の中、境内地の裏山から採ってきたもので、なんとかそれらしく形になったのではないかと悦に入っています。

2019年 いただいた大王松と青竹が清々しく

2020年 大王松と境内の梅の枯木を使いました

2021年 境内の楚々とした侘助を添えて

今年のお花には晴れやかさはないかもしれませんが、評判は上々。皆さんはどちらがお好みでしょうか?

コロナとの共生という大きな変化の時を迎え、各家のご先祖供養の仕方も変化を求められています。
地元を離れ東京や大阪在住の檀家の方、お仕事柄行動を制限されている方、ご家族がご高齢で注意しなければならない、など。
様々な理由がありますが、心配事は皆同じ。
かと言って大切な故人のお供養ができないのでは、心も穏やかではいられません。

これまで個別にご相談いただき、我々も試行錯誤しながらいくつかの方法で法事を営んでまいりました。

・ご自宅でご家族だけで(ごく近いお身内少人数で)
・その時の世間の状況を踏まえ、時期を決めたうえで延期する(日時が決まっていれば先延ばしになっても構いません)
・お寺でお勤めをし、当家では同時刻にお仏壇の前で手を合わせる(ネット環境が整っていればズームやテレビ電話なども)
・お寺で塔婆を供養する

その他にも考えられることがあるかもしれません。

何事も「コロナだからできない」と言ってしまうのは簡単で、「コロナだからやらない」というのが最も楽な方法かもしれません。
しかし、共に考え、皆さまの心の平穏のためにもしっかりとご先祖供養をしてまいりましょう。
形を変えなければならなかったけれど、やってみると案外それもよかったと思えたとき、きっと皆さまの心はすっきりと晴れやかであることでしょう。

成人の日

新成人の皆様、おめでとうございます。

晴れやかなこの日を迎えられた姿をテレビなどで目にすると、大寒波と緊急事態宣言に重くなっていた心に、輝くような笑顔が染み渡ります。
成人式が中止や延期となり、昨年とは様子が違う成人の日となりました。

今年の受験生についてもそうですが、「かわいそうに…」という声をよく耳にします。
その気持ちは優しさからくるもので、私たちもついそんな風に言ってしまいがちです。

でも、それは決して不運なことではありません。
置かれた状況、環境で最大限の力を発揮することに注力し、この試練を乗り越えてください。
マイナスな条件をプラスに変えることができれば、きっとその後の人生にも大きな力になるはずです。

どの部分にフォーカスして物事をみるか。
それによって、結果までもが違ってくるのだと思います。
日常はその繰り返しなのです。
私たち大人もみんな、がんばりましょう!

あけましておめでとうございます

新しい年が幕を明けました。

昨年は混乱の一年となり、変化を余儀なくされた日々でした。

同時に、自己を静観する日々であったようにも思います。

大晦日の朝は境内も雪景色となり、一面真っ白な世界に。

私たちの心も真っ白に、新しいこの一年がさまざまな歓びの色で彩られますように。

2021年も世界中に幸せを。

秋といえば

みなさまお元気ですか?

10月中頃からのひと月ほどが過ごしやすく好い時候でしたが、すっかり秋も深まり、朝晩の冷え込みが厳しくなってまいりました。

いろいろな行事が中止となり、季節を感じることや人と交わり集うことが難しくなりましたが、ご多分にもれず、この秋は食べることを例年以上に楽しんでいます。

柿、栗、さつま芋、キノコなどなど…。

お供えにあがった栗を栗ご飯にして、仏様にも秋の味覚を楽しんでいただきました。

お寺の裏庭にあるもみじの葉もきれいに紅葉し、ほんの少しの間我々の目を楽しませてくれていましたが、そろそろ終わりに近づいてきました。

この二枚の写真は孫の佑美(中2)が撮ったものです。

今年は紅葉狩りに出かけるというわけにもなかなかいきませんでしたが、いつもの道すがら脇に目をやると、そこかしこに秋を感じることができます。

境内にも、秋の草花が静かに揺れています。

今年も残りあとわずか、心も体もあたたかく元気に過ごしてまいりましょう。

西の空へ向かって

今日は秋分の日です。

彼岸は春分の日、秋分の日を挟んだ一週間を指しますが、春と秋のお彼岸を節目に季節は変わり目を迎えます。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、確実に秋を感じる頃となりました。
しばしば、とてもきれいな夕焼けを見ることもできます。
写真は今日の夕暮れ時、孝照和尚さんが撮影したものです。

この時期は太陽がちょうど真西に沈むので「観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)」というお経には、沈みゆく太陽を拝み、その方角にある西方極楽浄土を想いなさいと説かれています。
お彼岸にお墓参りに行く習慣は、日本人の先祖崇拝と西方極楽浄土の思想が結びついてできたものです。

お墓参りをして日頃の感謝の気持ちを伝え、西の空へ向かってご先祖様に想いを馳せる。
それだけで我々の心が穏やかになるのは、やはりご先祖様がいつも見守ってくださっているおかげですね。